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「この教会は聖書を毎日読んでいる人が少ないね。」

  • 執筆者の写真: 【K】
    【K】
  • 2024年9月24日
  • 読了時間: 2分

 先日妻から聞いた言葉です。私たちが招かれている教会には水曜日の昼と夜に水曜祈禱会という集会があります。妻は昼に、私は夜に参加しています。昼の祈祷会の後のお茶の時間に、転会して間もない80代半ばの老紳士がそのようにおっしゃったそうです。続けてこのようにおっしゃった。「私は今はもう暇なので、朝起きたら旧約聖書、新約聖書を毎日1章ずつを音読し、黙想して祈りを献げています。ゆっくりとするので小一時間はかかってしまう。」と。私はその話を聞いて凄いと思うと同時に、あー私も毎日聖書を開き、読む生活を何年も休んでいることに気づかされ、自分に落胆しました。

 そのように考えると私の周りの兄弟姉妹も、同じように聖書を毎日読んでいるとは聞こえてきません。私は40代のキリスト者ですので、現役世代の忙しさを知る者として理解できるのですが、そもそも私も含め聖書を毎日読むという価値観がなくなっているのかもしれません。聖書のみと始まったプロテスタント教会の歴史にも関わらず、熱心に聖書を読んでいる人間は私の招かれている教会ではわずかだという現実があるのです。

 妻が寝る前に読み始めたそうです。焦った私も毎日1章という習慣を手に入れるためにまた読み始めました。理想は家族で一緒に読んでお祈りをしたいと思うのですが、時間を合わせることはなかなか難しいものです。まずは続けていくことが大切なので、一人一人が聖書の時間を大事にできればいいと考えています。

 この間の主日礼拝の後にこのきっかけをくださった老紳士に話しかけました。「毎日聖書をお読みになってすごいですね。私たち家族もその話を聞いて読み始めたんですよ。」いつも厳しそうな表情をしているその老紳士の表情が、一気に満面の笑みへと変わりました。この笑顔を思い出すと『教会とは共同体である。』私に欠けている部分をこの老紳士が聖霊に満たされて教え、導いてくれたのだと再確認し、何歳になっても神さまは御業のために人間を用い、喜びをくださるのだと実感したのです。

 しかし、なんでもそうですが続けることは難しいのです。ひとりでは挫折してしまいます。このブログで私が発信したことも挫折しないためでもあります。このブログを通して一人でも多くの方が毎日聖書を読むものに変えさせられて、満面の笑みで語らう時が来ればよいと願い祈っています。

 
 
 

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