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その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
ヨハネによる福音書1章9節
ABOUT
私たちの生きるこの時代は急速に発展しているように見えます。しかしその代償にどれだけの人間が苦しみ、嘆き、不安の中を生きているでしょうか。社会のシステムが生きづらさを抱える多くの方々の支えとなってはいるものの、現実は理想の社会を実現しているとは言えないでしょう。どれだけの魂が今日を生きることだけに心を消費しているのか、安らぎを得るために彷徨っているのか、ここに人間の業の限界を認めざるを得ないのではないでしょうか。
約2000年前、イエス・キリストは地上に人としてお生まれになり、そして私たちの罪を贖うために十字架にかかり死に、3日後に復活してくださいました。この福音の故に人間の苦しみ、嘆き、不安の根幹である人の罪が完全に赦され、救いに至る道が与えられているのです。本当の安らぎはどこにあるでしょうか。キリスト者は救いによって与えられる、神の御腕の中にあるのだと信じるのです。御子の命に贖えない人間の罪はないのです。御業に限界はないことが主イエス・キリストのご生涯を通して完全にあらわされています。
このページにたどり着いた皆さんも実は漠然とした不安を心に抱え、その正体がわからず、どのように対処してよいか悩んでいるのではないでしょうか。病院に行くのとは違うもどかしさ、心のどこかには都合の良い神々ではなく、真の神に出会いたいと思ったことがあるのではないでしょうか。しかし最初の一歩が踏み出せない。そのような方のためにこのページは作られているのです。
管理人である私【K】は神奈川県にあるプロテスタント教会の一キリスト者です。教職につく者ではなく、特別な教育を受けたわけでもありません。しかしなぜこのようなページを作る理由にいたったのか、それは長年の教会生活の中で、小さな伝道者としての行いに無頓着であることに気づかされたからです。神の愛、キリストの恵みを伝えることを疎かにした自分を恥じたからです。そして同時に、様々な教派の教会をお認めになるキリストの多様性を知りつつも、学びと寛容さを遠ざけていました。ですからこのページの目的をいまだ教会を訪れたことのない方へのきっかけとして、またすべてのキリスト者の愛ある交流のためにとおいたのです。
最後に一点お願いがございます。このページをご覧いただきたい想定読者は、三位一体の神を信じる者、または信じたいと願う者であり、他人や他教派を尊重することができる方です。誹謗中傷、またはそう捉えられる発言は絶対にしないでください。また三位一体についての批判に応えるものではありません。よき交わりの場になることを願いつつ。
2024年9月
- love of the lord管理人【K】
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